トークセッションヘルスケアのしくじり先生~ヘルスケアビジネスDD・カンファレンス~|HVK2023 開催報告

  1. HVK2023

Healthcare Venture KNOT 2023、最後のゲストトークでは、事業成功のヒントは、過去の失敗事例から学べ。「ヘルスケアのしくじり先生」と題して、過去の失敗事例をもとに、「何が難しかったか」「そこから学べることは何か」を議論しました。


【HVK2023 コンテンツ4】
ヘルスケアのしくじり先生

過去の失敗事例から学ぶ、ヘルスケア領域での事業の作り方についてお話を伺います。

Healthcare Venture KNOT 2023
開催日時:
11月18日 15:45~16:30
会場:コングレスクエア日本橋
主催:キャピタルメディカ・ベンチャーズ、おうちの診療所 presented by 東京ウェルネスインパクトファンド

【登壇者】
・木野瀬 友人|医療法人社団おうちの診療所/名古屋市経済局イノベーション推進部スタートアップ支援室 客員起業家
・加藤 浩晃|デジタルハリウッド大学大学院特任教授/東京医科歯科大学臨床教授/アイリス株式会社共同創業者・取締役副社長CSO、医師

【司会】青木武士、石井洋介


解像度を高めないとスポンサーにはなってもらえない時代だと認識するべし

Healthcare Venture KNOT 2023、「ヘルスケアのしくじり先生」では、成功事例や美談を目にすることが多いけれど、先人達の失敗から学べることもあるはず、というコンセプトで、スタートアップのCTO(最高技術責任者)を務めるエンジニアで地方公務員でもある木野瀬 友人氏とアクセラレーター医師であり新規事業開発も行い、業界内ではデジタルヘルスに日本一詳しい人である加藤 浩晃氏を招き、青木武士と石井洋介の司会進行でトークセッションを行いました。

「事例そのものに対してはリスペクトしつつ、難しさの要因はどこにあったのかを探っていくというスタンスである」ということを冒頭で青木が説明。セッションに先立ち木野瀬氏が提示してくれたテーマに沿って議論が進められました。


 テーマ1「ビジネスモデル不在系」
・製薬企業からのスポンサーを狙おう
・いいプロダクトは勝手に売れる
・無料ユーザーを獲得すれば有料転換してくれる
・B to Cで売れなかったらB to Bに方針転換しよう

まずは「ビジネスモデル不在系」。実は「製薬企業からのスポンサーを狙おう」というのは難しい時代になっている、という事例からです。

「歴史を紐解くと、製薬企業がお金を出し、プラットフォーマーとしての会社がある、というモデルは、2013年ぐらいまではエムスリーしかなかった。そこからケアネット、メドピアが出てきました。さらに時代が変わり、今は中堅医師のアンター、若い研修医のホクト、診療科特化のメディーと出てきて、現在、製薬企業は専門領域、難病や希少疾患といったマイナー領域にしかお金を出さなくなってきています」と加藤氏。

「ビジネスアイデアとしてよく聞くのは、服薬管理アプリや薬の選択のフローチャートをデジタルで実装して製薬企業にスポンサーになってほしいという話ですが」と木野瀬氏が投げかけると、青木は「製薬企業のどこの部署の予算を使って意思決定権はどこにあるか、製薬企業のアウトカム(獲得する成果)は何か、くらいまで解像度を高めないと。デジタルは当たり前という流れになっているので、より難しさが出てきています」とまとめました。


次は「いいプロダクトは勝手に売れる」と突き進むと失敗する、という事例です。

「これまでのヘルスケア業界では治療アプリやAIなど開発ばかりが注目を浴びていましたが、やっぱりビジネスは物を売って金もらってなんぼ。流通がどうなっているか、いつ課金してキャッシュフローが発生するのかを意識されていない方が多いと感じます。物が出来たら倉庫も必要で、クリニックの先生が買いますといってもどのタイミングで課金が発生しどうやってお金を回収するのかというところまで話がされていない」と加藤氏。

青木も「医療や介護現場に対して営業をするときを冷静に考えると、経済合理性だけでは動かなかったり、電話だけ、ウェブだけのサービスで説得するのは相当難しい。プロダクトごと、クライアントごとに売り方は変わりますね」と頷きます。

「どのくらい売ろうとしているかというイメージを持たないままの方もいる。10とか30ではビジネスになりません。じゃあ1000なの3000なの?というところで考えると、作る組織や経路はまったく異なってきます」と加藤氏。

木野瀬氏も「僕はエンジニアという背景があるので、エンジニアの雰囲気が分かるんです。CTO候補のエンジニアが『CEOもやります。売ります』と言うのですが、売ることをイメージできていない、ということがあります」と指摘しました。

医療機器は宣伝するシチュエーションが学会や学会誌など対・医療者と限定されているため、認知させる手法が限られていることを知っておくべき、という話題も出ました。



「優秀な不真面目が一番強い」。起業家だからできることを見つけるべし

続いて、「無料ユーザーを獲得すれば有料転換してくれる」。基本的サービスや商品を無料で提供する「フリー」と、より高度なサービスや商品を有料で提供する「プレミアム」をあわせて収益確保する「フリーミアム」についての話題です。

「ヘルスケアではないスタートアップでもよくある事故なのですが、無料版をやっていても有料版を開始したとたん99%が離れてしまう。僕らは“教育”と呼んでいるのですが、お金を払うことを理解してもらう、という教育が出来ていないと有料転換した瞬間に全員いなくなります」と木野瀬氏。

加藤氏は海外の論文を引き合いに、「0ドルから1ドルに有料課金するときには、1ドルから18ドルに課金額を上げるのと同じくらいの心理負荷がかかる」と説明。「フリーミアムでの成功パターンは、ネットワーク外部性(同じ商品の利用者が増えるほど利用者が受ける便益が大きくなること)を取り入れることにあるのでは」とアドバイスしました。


次は、「B to Cで売れなかったらB to Bに方針転換しよう」。消費者向けでうまくいかなかったので企業にスポンサーしてもらおう、と方針転換して失敗するケースです。

「これはそもそもプロダクトが刺さっていないんです」と加藤氏。「ヘルスケアの課題は継続性。1回は使ってもらうけれどもその先続けてもらえないことが多い」と木野瀬氏。

「モメンタム(相場の勢い)も関わるんじゃないですか。規制が解除されたタイミングにチャンスがありますが、フライング気味にやると結構危なかったりして、難しいですね」と青木が言うと、加藤氏は「やっぱりベンチャーなんで、ちょっとグレーかなというところを攻めながら後で辻褄を合わせるという戦略もあるでしょう。あんまり真面目にやり過ぎていると不真面目なところが市場をダーッと押さえていくことがあります」とコメント。

木野瀬氏は「それは社会構造上仕方ないかもしれません。僕は優秀な不真面目が最強だと思っています。受験や就活の真面目な頑張りが成功体験になってしまい、社会のルールに従わなければならないと思い込むようになります。これが優秀な真面目人間です。優秀な真面目を雇用する側、ひいては世の中を支配しているのって実は優秀な不真面人間。自分でルールを定義してその中でゲームをやっていく姿勢が大切」とメッセージを送りました。



現在の医療で難しい部分にDTxの可能性があると心得るべし

テーマ2「患者さんがついてこれない系」
当社のデジタルセラピューティックス(DTx)アプリがオンライン診療のコスパに合わない(二重の行動変容沼)

次なるテーマの「患者さんがついてこれない系」。「当社のDTxアプリがオンライン診療のコスパに合わない(二重の行動変容沼)」、の「二重の行動変容沼」とは、一例として治療アプリのようなDTxアプリを用いるときに医師の行動と患者側、両方の行動変容が必要になる点が難しい、という意味です。

「オンライン診療やDTxでは、医師は3回ぐらいやったら理解できるけれど、新たな患者さんに教えるのが大変で、その結果、売り上げが低いというところにはね返ってきています。一つの活路としては、現在クリニックで説明している治療アプリを薬局で説明してもらうというやり方。現在、実証実験が行われています」と加藤氏がコメントしました。

テーマ3「時代が変わって現実味が増している系」
デジタルヘルス×メンタルヘルスは死屍累々だったが、今は?

「時代が変わって現実味が増している系」の分野もあります。

「メンタルヘルス系のDTxはかつては死屍累々だったんです」と木野瀬さん。青木は「これなら薬飲んだほうがいいでしょう、というものをデジタルにするのは難しいけど、たとえばうつ病のようにそもそも薬の効果があまり望めず認知行動療法が使えるのでは、ただしコミュニケーションコストが高い――というようなものにはDTxの可能性があると思うんです」と言います。

コロナ禍でオンライン診療が浸透し、カウンセリングもウェブでできるなどモメンタムが変化してきています。加藤氏も「実は地方はメンタルヘルスの初診外来予約をとりにくい実状があるので、ニーズが出てきているのはどこかにも注目してみるといい」とアドバイスしました。


テーマ4「ヘルスケアタイムマシン経営の時代」

タイムマシン経営とは、海外で成功した事業モデルを日本に持ち込み展開する経営手法のこと。ヘルスケア起業家こそタイムマシン経営に取り組むべき、という潮流があります。

「今、僕は積極的に海外事例の知識を入れているんです。日本でデジタルヘルスをしようとするときの遠隔医療やAI医療機器開発などの『制度』がここ数年で整ってきていて、日本でもやれるな、と思っています。新規事業をたくさん作れる時代になっていきそうです」(加藤氏)。

「米国でニーズが開拓されているような生成AI系は、まだ日本では全然エビデンスがなくて日本人に向けた画像データも集まっていません。しかし、実は大学病院などにはそういうデータがあるからそれをもとに起業しよう、という事例もありますね」と木野瀬さん。



最後に4人が一言ずつコメントして「ヘルスケアのしくじり先生」を締めくくりました。

「一番のポイントは、課題の解像度と自分の情熱を磨き続けることですね」(石井)。

「同時に、医療保険や介護保険をまったく知りません、というのではダメ。業界のルールをおさえた上での“思い”だな、と思いました」(青木)。

「失敗例はすでにリスト化できるぐらい蓄積されています。それを知り、失敗例はうまく避けていくといい」(加藤氏)。

「成功には理由がなく、失敗には理由があります。ヘルスケア業界でやるなら、医療制度そのものも勉強していくことが大事。勉強会などもあるので、知識を蓄え、友達をたくさん作って起業していってください」(木野瀬氏)。

Text:柳本 操