病院組織をアップデートする! ヘルスケアベンチャーノット2025トークセッション3

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病院組織をアップデートする! ヘルスケアベンチャーノット2025トークセッション3


Healthcare Venture KNOT 2025、3つめのトークセッションのテーマは「病院組織をアップデートする 〜HR戦略の新しいあり方の探求〜」です。医療の原点である組織作りやマネジメントについて、病院経営者、人事責任者が率直にお話くださいました。

トークセッション概要

Healthcare Venture KNOT 2025
開催日時:
11月15日 14:20~15:05
テーマ:病院組織をアップデートする 〜HR戦略の新しいあり方の探求〜
会場:コングレスクエア日本橋
主催:キャピタルメディカ・ベンチャーズ、おうちの診療所

【登壇者】
・荒木 庸輔|特定医療法人新生病院 常務理事
・加納 一樹|平成医療福祉グループ 人事本部
・矢野 裕典|洛和会ヘルスケアシステム 理事長

【司会】石井洋介


急性期を治すことから、いかにケアしていくかという環境変化が起こっている

「病院組織をアップデートする」というテーマを掲げた、3つめのトークセッション。司会の石井氏が、「ここまでのトークセッションはテクノロジーや企業間の話が中心でしたが、このセッションではあらためて、医療や介護の原点は人が作るもの、という視点で、病院経営に突きつけられる組織課題、人と組織のあり方についてみなさんに討論していただきます」と話し、登壇したみなさんの自己紹介にバトンタッチしました。



矢野氏は、3年前に洛和会ヘルスケアシステム理事長に就任し、医療、介護、保育、障害福祉、関連事業を合わせて約200施設を運営。「副業を全面解禁し、同性婚や事実婚も福利厚生の仕組みに入れるなど、日本一働きたいと思われるヘルスケアグループを目指しています」と話しました。

平成医療福祉グループ人事本部の加納氏は、「医療系の人材会社や医療経営コンサルティング会社に在籍していた頃、全国のさまざまな病院を見て回る機会がありました。その中で強く感じたのは、多くの病院で起きている“ヒトの問題”の根っこには、人事機能が十分に機能していないことがあるのではないか、という課題感でした。その後、実際に病院の内部に入り、人事として現場に向き合うようになりました。現在は平成医療福祉グループに所属し、MISSIONである「自分をいきるをみんなのものに」を実現するために、日々人事戦略を模索し続けています」と自己紹介。

荒木氏は、特定医療法人新生病院の常務理事。医療を通じた街づくりをしたいという思いのもと在宅医療に関わった後、現職に。「日本でいちばん病院らしくない病院、をビジョンに掲げ、”私”のままでいられる場所をコンセプトに運営しています」と話しました。

石井氏から投げかけられた最初の話題は「いま、高齢者医療がメインになっているという外的因子があり、医療職側のメンタリティも変わってきていて、これまでのように専門職として腕を磨けばスキルアップしてハッピーな世界が待っている、と言いにくくなっている時代です。皆さんはこういった状況をどうお考えですか」というものでした(以下、敬称略)。



矢野「私は3代目ですが、前理事長が40年間トップに君臨していた、という典型的トップダウンの組織です。病院5つ(前理事長時 現在は4つ)、施設が200となると、そもそもトップダウンでは不可能なので、そこを変えていくことをしました。優しい社会を創造する、というパーパスを掲げ、トップダウンではない組織を目指している途中です」

加納「我々のグループがサービスを展開している領域は、回復期や慢性期が中心です。こうした領域では、“治す医療”よりも“支える・ケアする医療”が主軸となるため、明確な正解がない環境に向き合うことが求められます。

そのような状況下では、医療機関としての組織戦略も、対話ができる組織形態やカルチャー、制度作りをしていくことではないかなと考えています」

荒木「病院に限らず、組織は何らかの価値を創造し、対価を得ています。病院が創造する価値は治療です。病院組織も治療効果の最大化のために設計されてきました。ところが、矢野さんや加納さんもおっしゃるように、高齢者医療では、病院が提供する価値は治療にとどまらないより包括的な支援になります。これまでの医師中心の医療モデルでは対応しきれず、治療効果の最大化のための組織からQOLの最大化のための組織にアップデートが必要です」



続いて、石井氏が「病院組織として戦略を立てるとき、基本的に誰がどのように決定しているのですか。また、戦略として行っている取り組みは?」と質問しました。

矢野「パーパスを決めるときには私が言葉をたくさん出して、それをもとに役員や専門の方とも相談しましたが、言葉そのものは理事長として決定しました」

加納「代表による、組織をこういうふうにしたい、というミッションをもとにして、人事部がデザインして設計をするという形でやっています。人事としては、組織が大きくなってくると採用や育成などが分業制になってくるので、人事として何をするかというポリシーを作り直し、ミッションとすり合わせるということをやっています。その際には、広報や法務、チームデザインなど人と関わる部門と話し合いをして、人事として思うこととして経営者側に伝えています」

荒木「当院は教会が母体になります。今年、数十年ぶりにミッション・ビジョン・バリューを刷新しました。これからの病院づくりにあたって目線のあった、役職も職種も異なるメンバー4名をわたしが選定し、外部のコピーライターの力も借りながら、半年間かけて言葉を練り上げました。段階的にさまざまなステークホルダーから意見をもらいならが、最終的には理事会でも承認してもらうというプロセスを踏みました」


医師の権力勾配をなくす、対話カルチャーを作る……それぞれの取り組み

続いて、それぞれの病院が戦略としてスタートしている取り組みについて話題が移りました。

荒木「医師の権威勾配を減らすということです。単にフラットの組織がかっこいいからやるわけではなく、先ほど触れたように、治療効果の最大化からQOLの最大化へとパラダイムが変わっているので、医師には3歩ぐらい下がっていただき、他職種をエンパワーメントしてもらいたいと考えています。当院には理事長室も院長室もありません。とにかく権威的なものを排除し、ボードメンバーから”患者を中心に多職種がつながる組織”というメッセージを発信しています」

矢野「洛和会本部も、フリーアドレス、ペーパーレスで、役員も全席フリーアドレスです。医局も、新しく作っている病院はフリーアドレスに変えていっています」

加納「対話のカルチャーをいかに浸透させるか、ということを徹底的にやっているのが特徴です。チームの質が医療の質、という代表の強い思いもあり、具体的な施策でいうと、役職者全員に1on1を業務の中でやってもらいます。それも、全員のリストを出して、やっているかどうかを確認し、グループ内に研究所を持っているので、得られたデータを基に1on1と心理的安全性の相関性を研究しています。合宿所もあるので、毎週のように役職者が行って、チームデザイン部によるワークショップをやっています」

荒木「ビジョンの実現のためには、”ケア”への投資も重要だと思ってます。QOLの最大化をめざす組織の中心はケアです。病院は治療への投資を優先してきましたが、これからはお金と時間の投資も治療からケアへ比重をかえていく必要があるのではないでしょうか。ユマニチュード、情報共有のICT、セル看護、ノーリフト(力任せの介助行為を避け、利用者や患者本人の持つ力を発揮できるよう専用の福祉用具を用いて移乗を行うこと)など、投資先はいくらでもあります。医師の権威勾配を減らすとともに、ケアや関係性にお金と時間の投資先を移していくことが大事です」

石井「なるほど。僕らも週5日ある診療のうち1日を対話の時間に使っています。それは1日分の診療報酬をつぶすことでもあります」

荒木「すごく大事なことだと思います。思うのは、トップダウンとボトムアップってどちらかじゃなくて、それぞれの組織に濃淡でどちらも存在します。当院でもトップダウンでやっていることもありますし、ボトムアップを採用することもあります。平成医療福祉グループはどうですか?」

石井「おっしゃる通りで、対話とか優しい世界というのは、聞こえはいいけど、じゃあ締めなくていいのか、ガバナンスはどう作っていくのかを同時にやらないと、フワフワしちゃうじゃないですか。何をゴールにするかで、締めるときは締めるみたいなこともある、そうじゃないと回らないだろうなと思いますが矢野さんはどうですか?」

矢野「本当にそうです。僕らはリフレッシュ休暇取得率99.9%なのですが、取ってない部署にはなんで取ってないの? という管理を何十年もやっていますよ」

現場からの意見をどのように吸い上げて意思決定していくか?

ここまでの議論を受け、石井氏が「起業家が人事ポリシーなどを決めるときに、経営戦略を決めることってかなり難しいと思います。自分の直感とロジック、それぞれをどのようなバランスで見て、意志決定していくのですか」と質問しました。

矢野「私の場合、自分で現場に行ってコミュニケーションを直接取るようにしています。やっぱり、本部に上がってくる情報だけだとわからないので。やんちゃな発言をしてくれる人を何人確保しているかって結構重要なことかなと思います」

荒木「うちはボードメンバーの目線が合っているので、そのメンバーで基本的にあらゆることを決めています。恵まれすぎている環境があるのかもしれません」



一方、経営者とは距離のある人事部門として工夫していることは?

加納「経営の意思決定というよりも、代表が言ったことを自分なりに解釈をして自分の中で判断していくという感じだと思います。そこで大事なのは、人事という立場だからといって経営が分からないでは話にならないので、経営者からある程度納得するまで聞いて咀嚼して、やりきるという感じですね。今までいたところも、そのために時間を惜しまない経営者たちでした。また、こちら側から問いかけることも大事な気がします。例えば、これをやってと言われたときに、これで合っているかと聞いてみることです」

荒木「一方で、いくら我々が意見を言ってねと言ったところで、本当の現場の声ってまず上がってこないとも思うんですよ。矢野先生の、本音を教えてくれる人を各部署で確保するというお話もすごくいいアイデアだと思ったのですけど、職員数が6000人とかの大人数になったとき、それぞれの職員の意見を経営に活かす工夫って何かあるのでしょうか」

矢野「うちの場合は、職員アンケートは全員取ります。自由記載欄も含めて6000人分全て取ります。要望関係に関してはできる・できないを含めて基本的にオープンにしています。昇格者に対して毎回5、6人にランチ会を開催して、そこでは要望がけっこう上がってきますので、やる・やらないをTeams上でオープンにする、といったことは始めています」

加納「お二人とは立場が違いますが、全員の声を聞けているのかと言われたらわからないけれど、僕ができることは現場のマネージャーを信じることだと思います。彼らが言うことを疑って嘘でしょ、と言って現場の方に話を聞いたら、それはそれで組織構造が崩れてしまうと思うので。一方で、聞きすぎてはダメなこともあると思います。経営層と現場はどうしてもギャップが出ますので」

荒木「葛藤がありますよね。上がってくるものを、本当にいいものは実現につなげて、いかにいいバランスで実現させるのか。難しいところです」


いかに医療業界の魅力を伝えるか。3人のアイデアは

「みなさんのお話を聞いて、脱・医療化というか、脱・医療人を作ろうというマインドセットが必要なのだなと思ったのですが、医者を辞めてベンチャーになろうという人もある意味そういうマインドだったのではないかなと思います。病院組織を変えていくために、どんなことが提案できるでしょうか?」と最後に石井氏が投げかけました。

矢野「うちの本部は異業種からの転職組が多いです。医療とは関係ない人を受け入れる、という素地を作ることも良いのではないでしょうか」

矢野氏の言葉を受けて、「他産業から医療界に入ってきてもらうときに、医療業界がこの先しぼんでいくのではないかとか、産業としてブラックなのではないかとか、HRの部分を中心に魅力を失いかけているような気がします。そこをに対して、未来を見せられるようなアイデアがあれば教えてもらいたいです」と石井氏。

荒木「結局、看護師、薬剤師、リハビリなどの専門職は、今の診療報酬の構造だと施設基準以上の人数を抱えるのは難しい現状があります。病院がこれまでと違うことを地域に対してやっていこうとするとき、経営的には非常に難しいというところがあるのですが、専門職”以外”の人材を新しい風として組織に取り込んで、専門職を巻き込んで広げていくことが重要になります。医療法人に収益事業を含めた多角化の余地を与えてもらえると、地域のニーズに応えていきやすくなると思っています」

矢野「僕らは福利厚生日本一を目指していろんなことをやっています。昨年もUSJを貸し切ったりしています。3年連続で看護師の離職率が下がっておりますが、福利厚生が良いから離職が止まっているのかどうかはよくわからない。福利厚生の制度ってだんだん当たり前になっていきますから。実はうちは出戻りが多くて、辞めた後にうちが良かったんだと気づいてくれるようです。やっぱり僕らは、職員は家族や、という大家族主義をやり続けようかなと思っています」

加納「人事サイドで思うのは、病院で働くっておもろい! って思ってもらいたい。一般企業から病院の中に入ってきて思うのは、患者さんのことを含めて、こんなに心が動くことがあるんだ、という出来事がたくさんあったので。人事が大事といいつつ、病院で働くっておもろいよということを伝えていきたいですね」

矢野「うちは収入の90%が診療報酬と介護報酬なのですが、できれば50%ぐらいまで下げたい。トマトなど、違う事業で、ヘルスケアに関わる周辺事業をあわせてやっていくという未来を考えています」



石井氏が「最後に、みなさんの信念を現場にカルチャーとして落としこむ方法を一言ずつ教えてください」と投げかけました。

矢野「最後は気合いだと思っています。病院業界で一番必要なのは希望です。まずは自分が笑顔になって、他の人が笑顔に、みんなが笑顔になるような病院をやっていきたいなと思っております」

加納「目の前の人をいかに信じ切れるか、というのがあるような気がします。この人が言っていることを信じて対話する、それが一貫性となって、結果としてカルチャーが出来上がるのではと思います」

荒木「すべての職種の力を”解放”することだと思っています。職員を信じ、すべての職員がもっている能力を最大限に発揮できる環境、風土をつくっていきたいと思います」



医療だけではなく、ケア、そして地域に開かれた場になることなど、新たな可能性が開けている医療の姿、そこに注力する経営者や人事部の熱い想いが伝わるトークセッションでした。

登壇者プロフィール

荒木 庸輔
兵庫県出身。ミラノ工科大学都市計画学科卒。医療を通じたまちづくりへの思いから株式会社メディヴァに参画。専門は医療DX、病院経営、在宅医療。2021年に転籍し「日本でいちばん病院らしくない病院」の実現をめざす

加納 一樹
医療経営コンサルタント(ハイズ株式会社)、病院人事・経営企画責任者(まちだ丘の上病院)を経て現職。医療人事と組織開発を専門とし、現場と経営をつなぐ人事戦略の設計・実装を担う。採用、人事制度、労務管理、育成、組織開発まで人事領域を横断的に推進。医療人事領域で10年以上の経験を有する。MPH修了。

矢野 裕典
1981年京都生まれ。2014年帝京大学医学部卒。2022年に洛和会ヘルスケアシステム理事長に就任し、伝統を継承しつつ新たな挑戦を続けている。SNS発信が評価され病院広報アワード2024経営者部門大賞を受賞、2024年9月に著書『地域医療と街づくり 京都発!「日本の医療が変わる」経営哲学 元ひきこもり理事長の病院経営術』を出版。


Text:柳本 操
Photo:上垣内 寛